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Mar,31,2024

洋上風力発電の導入拡大と日本のカーボンニュートラル戦略

2050年カーボンニュートラルにおける日本の戦略

2050年カーボンニュートラルの実現に向けては、現状日本のGHG(温室効果ガス)排出量の8割超を占めているエネルギー分野の対応が必要不可欠である。[1]
具体的には、省エネルギーを進めつつ、非化石電源比率の引上げ(電源の炭素化)と電化を最大限行う。その上でわずかに残るGHG排出が避けられない部分については、DACCSやBECCS、森林などで除去を行う。これが日本の主な戦略となる。
 
この中で、新たな取り組みである「非化石電源比率の引き上げ」については、再生可能エネルギー(温室効果ガスをほとんど排出しない電源)の導入拡大が鍵になる。
その中で今後の拡大が特に期待されているのが、「洋上風力」である。
 
 

洋上風力とは

洋上風力とは、海の上に風車を作り、風力をエネルギー源とする再生可能エネルギーである。
日本は四方を海で囲まれているため、量的拡大のポテンシャルがある。また、風車等の設備には1万点を超える部品が必要で、関連産業への大きな経済波及効果も見込まれる。
 
実際、日本は自国領土と同程度の領海(約43万平方km)と10倍以上の排他的経済水域(約405万平方km)を有している。風況(平均風速の強さ等)は先進地の欧州諸国に及ばないが、日本風力発電協会としては発電コスト8-9円/kWhを達成可能な目標としており、十分な水準と言える。[2]
また、環境省の業務委託により作成された「令和元年度 再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書」では、洋上風力発電の導入ポテンシャルを、設備容量を11億2,022万kW、年間発電電力量を3兆4,607億kWhと推計。これは、設備容量ベースで陸上風力の約4倍のポテンシャルである。
 
では、洋上風力の導入拡大が欧州や中国と比べ、遅れをとっている要因は何だろうか。
 
 
[1]
閣議決定された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」P13 - 温室効果ガスインベントリ(2019年度確報値)にて、84.9%
[2]【インタビュー】「風力発電は大型化や広域利用も可能な再エネ、政策として産業育成を」―加藤仁 氏(後編)|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁 (meti.go.jp)

洋上風力発電の導入拡大における課題と解決に向けた動き

 

1.      事業環境の整備

第一に、利害関係者や地域住民との調整や資金調達などの事業環境の整備である。
2022年12月及び2023年1月、国内初となる商業ベースでの大規模な洋上風力発電所が秋田県沖で商業運転を開始した。発電容量は約140MW(14万kW)。一般家庭約13万世帯分の電力を20年売電するという。商社など13社が出資する発電会社が約1,000億円かけて建設を進めた。2014年に公募がスタートし、2015年には開発調査を開始していたため、大手事業者や商社のノウハウをもってしても、運転開始までは約8年かかったことになる。
洋上風力発電は、陸上風力発電と比べ事業候補地が広域に及ぶ大規模なプロジェクトとなり、開発段階から事業者の費用負担は重い。また、これまで日本の一般海域では、都道府県が条例により「占用許可」を出す必要があった。これは都道府県毎に異なる運用であり、通常3~5年という短期間の許可しか下りない。加えて、利害関係者や地域住民と意見を調整するための枠組みが整っていないこともあり、事業計画の確度を高められる要素が少ない。したがって、事業の不確実性が高いこと、資金調達が難しいことなどから、商業ベースでの事業実現は相当にハードルが高かった。
このような事業環境を鑑みて、洋上風力発電の導入促進に向けた環境整備を目的として、「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」(略称:再エネ海域利用法)が2019年4月から施行されている。対象を港周辺からより広い海域に広げ、風が強く漁業者など地域の理解が得られた海域を「促進地域」に指定(年1回程度)。事業者の公募を行い、経済産業大臣及び国土交通大臣に認定された場合は、30年間洋上風力を行うことができるようになった。
現在、実現度が高い順に全国の海域を3段階に分けて計画が進められており、7海域では事業者が決定している(残り1海域についても、2024年3月に選定結果が公表される予定)。
加えて、政府は多くの事業者が参入できるよう、複数の省庁にまたがる審査の窓口を一本化したり、来年度からは海域の風や地質などの初期調査を政府が肩代わりして行いデータを事業者が利用できるようにしたりするなど、支援策も順次拡充される見込みだ。[1]

[1]
NHK解説委員室Websiteより秋田で初の大型商業運転開始 洋上風力発電を再生可能エネルギー拡大の'切り札'とするために何が必要か解説します NHK解説委員室

 

2.      海外の製品や技術者への依存

第二に、国内サプライチェーンの弱体化と技術作業員育成の不足である。
風力発電システムは、数多くの電気機器と精密な機械部品から構成されている。これが洋上風力発電になると、海底への基礎の設置もしくは海に浮かべるための構造などにより、陸上風力よりもさらに部品点数が増える。また、強風や落雷に加え、波や潮風にも備える必要がある。国際的な競争が激化する中、日本の大手重工メーカーは風車製造から順次撤退しており、2019年1月、日立製作所の撤退を最後に大型風車の国内メーカーは現在日本には存在していない。
加えて更に、建設・保守は海上で行われるため、作業員にも特殊な訓練が不可欠だ。前述のプロジェクトでも、作業船での建設にあたった作業員の6割余りが外国籍だった。組み立てには高い技術が必要で、先進地ヨーロッパの技術が欠かせないためだ。
前述のプロジェクトでは、技術と人材不足で、地元秋田への発注は総事業費の1割にとどまった。他にも2023年12月、新たに洋上風力発電プロジェクトの事業者が決まるなど、洋上風力発電に力を入れる秋田県では、こうした状況を何とかしようと、技術と人材の両面からのアプローチを模索中だ。
例えば、由利本荘市の従業員80人の機械メーカーでは、航空機部品を開発してきた技術力を生かし、陸上風車の土台(基礎)の部品部分であるアンカーリング等の製造を手掛けてきた。洋上風力でも、発電機などが入る心臓部(ナセル)の部品の受注を狙う。しかし陸上のものよりかなり大型で、開発は簡単ではないという。関係企業に問い合わせ、数億円かけ大型の機械を導入するなどの先行投資に踏み切った。
また人材面では、能代市では高校での再エネ関連の特別授業に力を入れる。秋田県立能代科学技術高等学校では、専門家より洋上風力が世界的に拡大する状況を講義。能代港沖の見学会も実施し、能代市の担当者が今後の計画についてと、建設やメンテナンスで雇用が期待されることを説明した。秋田県内ではヨーロッパの風車メーカーの拠点も開設されており、生徒が将来の進路の選択肢として洋上風力に関心を持つことに期待を寄せている。
とはいえ洋上風力産業には、重層的なピラミッド型のサプライチェーンと資金力が必要だ。産業ピラミッドの頂点に位置する国内メーカーが不在のままでは、洋上風力のポテンシャルや拡大の必要性、そして日本の強みである技術力の高さとその広がりを考えると、地方活性化や経済発展、雇用促進など、国として大きなチャンスを逃すことになり得る。
 

3.      系統制約

第三に、送電などの系統に関する課題である。
発電した電気は送電網で送ることが出来なければ、利用することができない。また、電力系統では需給のバランスをとることが大前提であり、これは天候などによって出力が変動する風力や太陽光などの再生可能エネルギー発電にとっての課題となる。電気が需要以上に発電されると、火力発電の発電量を減らすなどの対策を講じる。それでも電気が余る場合は、出力抑制が必要となる。日本では各地域の電力会社が地域ごとに独立した経営を行っていたため、送電・配電をおこなう電力系統が地域ごとに閉じた形になっていた。現在も他の地域への融通が難しい状況は続いている。
再生可能エネルギーも、規模が大きくなるにつれて、広域消費を考える必要がある。大規模洋上風力発電などは、まさに広域消費をおこなうべきものであり、電力系統への接続をスムーズに進めなければならない。したがって、風力発電に関する様々な政策と並行して、グランドデザインとして、送電設備の整備、地域間連系線の増強、火力発電や揚水発電の調整力の強化、蓄電池の設置、などの取り組みが始められている 。

カーボンニュートラル社会を見据えて

 
異常気象のニュースやSDGs等の取り組みが世界の関心事であることは今や疑いようがない。グリーンウォッシュという言葉が広まった背景からも、社会全体の関心は確実に高まっており、以前存在した資本主義と環境保護の間の境界が無くなってきていることが伺える。
各国が2050年カーボンニュートラルを見据える中、日本はどの分野で戦っていくべきなのか。再生可能エネルギーは保有する自然環境をエネルギー源とすることが肝要だが、この国の置かれる環境を考えると、海洋の活用は間違いなく力を入れるべき分野だ。そして、製造業や技術力を武器に世界と戦ってきた日本にとって、洋上風力以上にこれからの武器に、そして産業や地域の創生に繋がるものはないのではないか。

国全体で洋上風力を盛り上げるため、強固なサプライチェーンを構築し、技術者や研究者、作業員などを保護しつつ成長させること、また、電力系統や調整力の強化が急ぎ求められている。

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