サステナブル経営におけるDXの必要性
サステナビリティ経営が求められる背景
現在世界経済は、株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換を迎えている。2019年、米国大手企業のCEOらが所属する団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は企業のパーパスについてこれまで掲げてきた「株主至上主義」を見直し、顧客や従業員、サプライヤー、地域社会、株主などすべてのステークホルダーを重視する方針を表明。これにはAmazonやAppleなど米大手企業181社のCEOが署名しており、これまでの短期的な利益を重視したものから、長期的視点に立った方針へと舵を切った。2015年の国連持続可能な開発サミットにて採択された持続可能な開発目標SDGsの実現に向けた動きの世界的な拡大、環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資ESG投資のメインストリーム化は、多くのステークホルダーを巻き込んだ、サステナビリティを主軸におく経営が当たり前となることを意味する。
この動きは日本においても例外ではない。経団連は2017年に企業行動憲章をSDGsの達成を柱としたものに改定。企業が果たすべき役割として持続可能な社会の実現を牽引することを明示した。また2018年に「Society 5.0 -ともに想像する未来-」を公表。目指すべき新たな社会像を「創造社会」と名付け、誰もが多様な才能を発揮できる社会や人と自然が共生できる社会などサステナビリティの実現を主軸に置いたものとなっている。
経済産業省は2019年の「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」の中でサステナビリティ・トランフォーメーションSXというワードを用いた。これは不確実性が高まる環境下で、企業が「持続可能性」を重視し、企業の稼ぐ力とESGの両立を図り、経営の在り方や投資家との対話の在り方を変革するための戦略指針と定義されている。事業ポートフォリオ・マネジメント/イノベーションの種植えを通じた企業の稼ぐ力の持続化とリスクとオポチュニティをバックキャストし社会のサステナビリティ経営に取り組むことの2軸で経営を行い、企業と投資家が長期的な時間軸での対話を通じて企業経営のレジリエンスを高めていくことの必要性を説いている。
現代においてはサステナビリティ経営に取り組まないことは企業のリスクといっても過言ではない。これまでのCSRのような社会貢献という付加的な要素ではなく、根本の経営理念の変革を求められている。環境破壊が進めば、サプライチェーンの維持が困難になる。強制労働による原材料の使用や脱炭素を軽視する企業は市場で受け入れられなくなる。環境や社会があって初めて自社のビジネスモデルが成立するという前提を崩せば、ステークホルダーからの信頼を失い、長期的な企業経営は不可能となる。
デジタルサステナビリティとは
サステナビリティ経営の実現が叫ばれ始めたのと同時期に動き出したパラダイムシフトがデジタル・トランスフォーメーションDXである。デジタルテクノロジーの進展は、企業や社会に多くのイノベーションを起こし、既存の産業構造を大きく変化させている。現状多くの企業が取り組んでいるDXは既存事業の効率化や価値向上に留まりがちであるが、このDXの先にあるものがDigital Sustainabilityと呼ばれる考え方である。デジタルとサステナビリティの二つのコンセプトを有機的に検討し、両者をビジネスのオペレーションに結びつけることで相互補強効果を発揮し、現代的な企業価値の向上を目指すものである。デジタルテクノロジーを有効活用することができなければ環境負荷の低減や廃棄物管理等は企業にとって困難であるし、反対にサステナビリティの理解が乏しければコンピュータが多くのエネルギーを浪費してしまうだろう。Fujitsuが発表した世界9か国のビジネスリーダー1800人を対象とした「グローバル・サステナビリティ・トランスフォーメーション調査レポート2022」においてはサステナビリティ・トランズフォーメーションの遂行においてDXが重要であると回答した割合が67%、サステナビリティ向上のためにデータ・テクノロジーへの投資拡大を計画している企業は60%に上った。今やデジタルテクノロジーとサステナビリティの両立がビジネス戦略の最前線にあるといえるであろう。
サステナビリティ実現のためのデジタルテクノロジーの実用事例
環境面におけるサステナビリティ経営の達成、言い換えればカーボンニュートラルなサプライチェーンの実現においてはデジタルテクノロジーの活用は必要不可欠である。ボストン・コンサルティング・グループによればAIを企業のサステナビリティに適用した場合、削減できる温室効果ガス排出量は2.6~5.3ギガトンに上り、温室効果ガス排出量全体の5~10%に相当し、1兆3千億~2兆6千億ドルの潜在的な価値が生み出されると推定している。具体的にはAI、IoTを活用したサプライチェーンのモニタリングと最適化・効率化、スマート住宅やスマートシティに代表される効率化されたシステム、ペーパーレス化による資源削減などが挙げられる。日本においても温室効果ガス削減に向けてデジタルテクノロジーの活用が進みはじめている。
エネルギー関連では、アズビル㈱はプロセスの最適化・安定化につながるオートメーション機器やシステム、エネルギーマネジメントなど省エネを実現するソリューションを提供。2020年度の顧客の現場における温室効果ガス削減効果は年間294万トンCO2となり、これは日本のCO2排出量全体の1/400に相当するものであった。日揮グローバル㈱は機械学習技術を用いた運転指針探索アプリケーションを導入したLNG増産やGHG排出量削減を目的とするデジタルソリューションパッケージLNG Digital Serviceを提供している。JFEエンジニアリング㈱は最新AI技術を利用した水力発電量の増加を目指した「ダム最適運用システム」の開発を進めており、年間発電量として500万kWh以上の増加が見込まれている。システム関連ではコマツが林業のあらゆる工程をデジタルでつなぐ「スマート林業」を進めている。森の密度や木の高さをドローンで「見える化」し市場で必要とされる木の種類や長さも機会にデータ入力行うことで完了するソリューションを提供し生産性の高い林業の実現を目指している。ペーパーレスをはじめとした資源削減は多方面で進められている。アフラック生命保険㈱では「全社ペーパーレス化」プロジェクトを推進し、約3年間で社内の紙帳票を電子化し年間約8,000万枚の紙資源の削減に成功している。
社会面においてもデジタルテクノロジーはサステナビリティ実現のための有効なツールである。日鉄ソリューション㈱は農林水産省「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」に採択されたゆず畑におけるスマート農業実証実験に参画している。農業人口減少や高齢化に伴う後継者不足問題解消のために製造現場の安全管理を支援するソリューション「安全見守りくん」を活用した生産性計測と作業者の安全見守りを行っている。またガバナンス面においてもグローバル・ガバナンスやリスク管理、内部体制そのもののDX化が多くの企業・地域で進められている。
サステナビリティ経営の実現のために
サステナビリティ・トランズフォーメーションはとってつけたような施策では不可能なものである。企業戦略を根本から変えるものであり長期的な視点をもった転換となる。この転換を実現する上で経営者や組織が持つべき能力は、組織内外の経営資源を再結合・再構築する「ダイナミック・ケイパビリティ」である。これは感知(脅威や危機を感知する能力)、捕捉(機会を捉え、既存の資産・知識・技術を再構築して競争力を獲得する能力)、変容(競争力を持続的なものにするために、組織全体を刷新し、変容する能力)の3つの能力を用いて、変化に柔軟に対応できる事業モデルへと転換していく戦略経営論である。パンデミックの流行、指数関数的な速度で進歩する技術革新、気候変動問題などのVUCAの時代において、企業はサステナビリティを新たな経営指標と捉え、利益追求とESGを両立しあらゆるステークホルダーが幸せになれるような事業開発、企業経営が求められている。